26年間のアパレル販売員生活が終幕。
26年間という長い月日をアパレル業界で過ごしてきました。
アパレルが大人気、『カリスマ店員』が流行って、みんなの憧れの職業だったという、アパレルが一番面白い時代に足を踏み入れた人間の1人です。
18歳から44歳まで居たのですが、
そんな中、アパレルの変わっていく様子や、自身の変化を実感し、このたびアパレルを辞めることにしました。
自分でも一生アパレルに居るだろうと思ったほど、
色んな所で実績を出し、「ファッションを売る」ということを特技としていたので、
まさかこんな展開になるとは・・・と驚く自分と、
「いいや、もう飽きるほどやりきったからこれで良いんだ。」という気持ちを持ち合わせています。

未練みたいなものは今はありません。
「アパレルを辞める」という決断に至った理由はいくつかあります。
それを今回お話できたら良いなと思いました。
①キャリアの行き止まり
私は人員不足などで若いうちや良い時期に役職につくことができ、
プレイングマネージャーとして、
自身も接客を楽しみながら、役職という経験を積むことも出来ました。
「良い店長とは何か?」
「良い販売員とは何か?」
とにかく興味や疑問が深まるたびに、色んな書籍などに触れ、
人間や仕事の何たるかを考え、失敗も成功もしてきました。
わりとたくさんの肩書や賞があったので履歴書はそれなりに見え、
アパレル内の転職に困ることはあまりありませんでした。
ただ、30半ばで「管理職でやることに疲れた、普通の販売員でいたい。」と思い、
役職ナシの転職をした途端に、自分の立ち位置がよくわからなくなったのです。
販売力はあっても、役職のように認められるシステムが存在しない。
「売る人」はただ「売る人」でしかないのです。
役職にはつきたくないけど、売る人が評価される形が無い。
一部のアパレルでは売る人が正当な評価を受けるところもありますが、
全体的にはまだまだ追いついていないというのが現状です。
さらに言うと、私は転職をたくさんしたぶん、
積んできたキャリアと「新人」という立ち位置が合わなくて
上司からは、組織内のバランスを考えたときに、
「(キャリアがありすぎて)どう使ったら良いかわからない。」と言われ、
私のほうも「既存社員や若手を引き立てながら教育される立場として、どうふるまっていいかわからない。」というジレンマに悩みました。
②価値観が古い業界である
ファッションの仕事というと、風通しが良く新しそうな雰囲気こそあれど、
実際は凄く古い価値観が根付いた業界です。
実際のところこれはあくまでも私の経験ですが、
ここ10年くらいは40過ぎの管理職によく当たりました。
自分も40過ぎだけど、あきらかに同世代と違うのは「転職が多い」こと。
そして今管理職をしている多くの40代は
「昭和の根性論、事なかれ主義、出る杭は打つ」という人が多く、
自分とは全然合わない人たちです。
若い頃に上司に厳しくされたぶん、後輩にも同じような忠実性を求めたり、
新たな視点や意見などを面白がってくれるような人は少なかったです。
また、私もキャリアや意見だけはやたらとあるので、
仲間と言うよりも、脅威や「得体の知れない人」と見られやすかったので、
「この人から色々引き出そう」というよりは
「経験者なんだろうけどウチの方にハマってよ」となることのほうが多かったです。
たいした仕事もさせてもらえず、意見も求められないとならば、今までの経験だって薄れていきます。
現存の上司たちより目立たないことを意識しつつ
自分の中のアイディアや考えもなるべく自分の中に押し戻す・・・
そんなことが仕事として楽しいはずがありません。
また、根性主義の現場は、びっくりするぐらいくだらないルーティンを毎日のようにこなしていたり、
社歴が長いだけのバカな人が威張っていたり、
その閉塞的な雰囲気は至る所に見られました。
むしろ若い上司や転職をしてる上司と働いた経験のほうが
柔軟性があって、議論が許され、
自分の経験も出し切りながら、新しい学びや挑戦が多くありました。
そういった経験もしているぶん、
ただただ古株に支配されるだけの働き方に強烈なストレスを感じるようになりました。
また、そういう古株上司たちは会社を私物化しています。
就業規則に反していたり、理不尽なパワハラもあったり、
酷い場合は金銭的な横領など・・・
見ていられないようなことに声をあげて仕返しされたことも多々あります。
私はただ、「当たり前のことを当たり前に守る職場」で働きたく、
不正を黙認したり後ろめたい働き方をしたくないという思いは強くなりました。
③アパレル業界が盛り下がってきた。
2000年前後を絶頂期として、アパレル業界が緩やかに下降していく様子を、私はずっと現場で見てきました。
コロナ禍の厳しいときですらそこまで感じなかったのに、
2025年に入ってから、何だか「今までにないほどの業界のどん底感」を肌で感じるようになったのです。
というのも、プチプラ以外の服は本当に厳しくなっています。
売れないというよりは、
「服に興味を持つ人そのものが、本当に減った」というのが明らかなのです。
それでも、「自分が洋服を着るのが好き」という販売員であれば、まだ現場で楽しく働けるのかもしれません。
けれど、私の販売員としての原動力は、
「お客さんに新しい発見や喜びを提供したい」という部分にありました。
洋服に興味を持ったり、装うことに悩みを抱えたりしているお客さん自体が激減しているとなると、どうしても現場で物足りなさを感じてしまいます。
最終的に2ヶ月だけ勤務した店舗は、かなり衰退が進んでいました。
そこで日々の接客や職場環境に向き合ううちに、
「もうここでやり甲斐を感じることも、新しい目標を持つこともできない」と、確信に変わったのです。
④やりたい仕事の出現
アパレルの転職が決まっていたのですが、
その入社日までに1ヶ月だけ経験した外資コスメの販売をやりました。
亡くなった母が若い頃化粧品販売の仕事を長くしていたので、
私も化粧品にはわりと興味があったもので、「短期ならやってみていいかも。」と
深く考えないで飛び込んだのが始めです。
いざ働いてみると、
それがやけに面白くて、「業界がにぎわっている雰囲気」というのは感じました。
アパレルと違って、「美容」は一部の人の趣味ではなく、
多くの人々の関心を集めているジャンルです。
未経験で短期アルバイトでしたが、
今まで手が出にくかった外資コスメを(一応)店員のよしみで毎日贅沢に使わせていただいて、
新しい知識を得る楽しさを久しぶりに思い出しました。
業界の将来性も感じ、やりたいこと浮かんでくる・・・
そこで自分の気持ちがアパレルから外へ向いている、と初めて実感したのです。
そんな中、その外資コスメから、
面白いミッションと条件を提示されて、
まさかの他業種からのスカウトをもらいました。
そこで、「もうアパレルを辞めよう」と、キッパリと思えたのです。
私にとってアパレルとは何だったのか。
「装い」には「人を変える力」があります。
ファッションに関する文化や背景も好きでしたが、
それ以上に、
お客様をファッションで助けたり、幸せにするということが楽しかったし、
それがコスメになっても変わらないのだと思います。
アパレルが今の私を作ってくれたことに感謝していますが、ここで一区切りとします。
これからも自分の「やってみたい」「面白そう」に忠実に、新たな挑戦をしていきます。


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